梓川一ノ俣谷 - 旧道

 筆者は、一ノ俣谷から常念乗越に通じる登山道について、その健在なときの状態を知らない。手持ちの地図(1989年出版)には、この登山道があるが、「常念小屋にお問い合わせのこと」と付記されている。調布のS氏のご記憶では、「20年以上前に」この道を通過したとのこと。ネットでさがすと、1980年台前半の通行記録はある。これらから判断すると、この登山道は、1980年台末頃に、そのメンテナンスが放棄されたらしい。槍沢道の「一ノ俣」の指導標の下部には、通行不能の札が掲げられていた記憶がある(この札は、現存するが、現在では判読不能になっている)。以下は、この旧道の現況:

 一ノ俣谷の最下部は、右岸の樹林帯を数百メートル進める。現在ではブッシュがひどいので、沢の中を歩いたほうが速いが、旧道はこの樹林帯を通っていたらしい(痕跡は未確認)。その後、七段の滝の下までの間に、左岸に渡らなければならない。登山道が維持されていた時期には、橋があったはずであるが、残骸もなく、その場所は不明(二段の滝も見当たらないので、両岸の随所にある崩壊地に埋められた可能性がある)。
 七段の滝左岸の高巻き道は、鉄杭に丸太を渡した桟道(壊れて通過不能)や岩切道(自然のバンドでなく、たぶん人為的に加工したもの)など、明瞭な痕跡がある。せいぜい丸太数本分の幅の狭い桟道は、仮に壊れていなくても、すれ違い不可。高度感もある場所なので、現代の感覚では、ややリスキーに思えるが(雨でぬれたら、丸太の桟道なんか通りたくない)、往年はこんな「登山道」が多い。たとえば、伊藤新道(廃道)の下部で、湯俣川のへつりなどにもあるが、構造材が丸太なので、メンテナンスされなくなったら、速やかに朽廃することになろう。この付近には、リングボルトで固定されたクサリもあるが、これは現在でも使えそうである。(赤いビニールテープのマーキングもあるが、これはまったく褪色していないので、せいぜい数ヶ月前のもので、旧道とは関係ない。)
 その上は、一ノ俣滝。これは、右岸に巻き道(泥斜面だが、踏み跡明瞭で歩きやすい)がある。そして、一ノ俣滝の落ち口には、ワイヤーの残骸があるので、この場所に橋があったのは確実である。
 一ノ俣滝の上は、右岸のブッシュの中に、明瞭な道型がある。オレンジ色のペンキでつけられた大きなマーキングも。ただし、旧道は、随所にある崩壊地で寸断されている。その上は、開けた河原となり、どこでも歩ける。旧道も河原歩きと思われるが、マーキングは見当たらない。
 その上に明瞭な二俣。地図には右俣しか水流が記載されていない(等高線をたどると谷地形で、左俣の存在は予期できる)。左俣のほうが水流がやや多く、本流に見える。地形が開けていて、東天井から常念乗越への稜線の位置関係がわかるので、迷うことはない(旧道は右俣)。この付近では、右岸の随所に踏み跡がある。
 その上、右俣は、針葉樹林の中に旧道があるはずだが、一部(常念小屋の水源付近)を除いて、明瞭でない。

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