2016以降へ



燕岳(2015.12.19-12.20)

 燕山荘の年末年始営業を利用して、合戦尾根から燕岳の往復。ほぼ毎年、年末に登っているが、悪天が多く、写真はほとんど撮れない。写真撮影が目的の人は、燕山荘に何日も連泊して、チャンスを待っているらしい。燕岳山頂往復から戻り、燕山荘前で天候回復を待っていると、偶然に雲が抜けたので、雪煙の舞う槍ヶ岳方向を撮ることができた。強風。翌日に下山。(単独)



富士山の積雪(2015後半・・2回分まとめて)

 2015.10.18と2015.11.1の2回。いずれも御殿場口から日帰り。この年は、10月になっても雪が多くない。11月になると、さらに減ったようにも見えるが、この山の場合、こんなものか・・。
 2015.10.18のときには、富士宮口山頂の神社前でテントを張っている単独行者がいる。この場所は、南側を除く3方向を建物で囲まれた平坦地なので、厳冬期用のテントサイトして目をつけていた場所だが、筆者はすべて日帰りなので、この山でテントを使ったことがない。(単独、アイゼン・ピッケル・・使わなかった)


2015.10.18(富士宮口山頂の神社)

2015.10.18(標高2500m付近、下山中に山頂方向)

2015.11.1(山頂)

2015.11.1(標高3000m付近、登行中に山麓方向)



小槍(2015夏〜秋・・2回分まとめて)

 新穂高から日帰り。毎年、この時期になると、何回かは登っているが(写真の他にも2017.7.25で計3回)、同じ場所の写真ばかり。考えてみると、カメラを扱える場所が限られるので、これは当然。単独なので、ロープの流れは考慮する必要がなく(ロープを自分の手元で繰り出しながら登っているから)、強風のときは、ロープが風で流されるので(余分に出たら墜落距離が伸びる)、カラビナにインクノットで。(単独、ロープ9mmx50m他)


2015.8.8(10:19、終了点の少し手前)

2015.8.8(10:30、小槍終了点から見た槍ヶ岳山荘)

2015.10.3(10:15、終了点の少し手前)

2015.10.3(10:57、懸垂で降りたところ)



金井山(クムジョンサン)(2015.3.1)

 プサン(韓国)近郊というか、プサン広域市の北部にある標高800mほどの山。延長17kmにも及ぶ長大な石垣積みの城壁があり、山頂部の広大な面積を取り囲んでいる。金井山城といわれているが、城といっても、天守閣などの建物を密集させた日本の近世城郭のようなものではなく、自然の地形に合わせてアップダウンしながら、谷筋を越えて延々と続く城壁が主体である(建物の遺構も検出されているらしいが疎ら)。これは、福岡県の大野城など、日本の古代山城(朝鮮式山城ともいわる)と同様の様式。金井山の城壁(金井山城)も、その建設は、三国時代(4世紀〜7世紀、日本の古代山城は7世紀頃)とされるが、その後の李氏朝鮮(14世紀末以降)でも城塞として使われたらしく、時代が重層的。そのため、修復された城壁や復元された城門などは、その様式が三国時代なのか、それとも李氏朝鮮なのか・・など考えると、その実体は判然としないが、適度に整備された遺構は、ミニ万里の長城の景観を呈していて、城壁沿いなどは、ハイキングコースになる。
 地下鉄と市内バスで容易にアクセスできるので、プサン空港からの帰国便が午後になったときなどに、手頃な時間調整コースとして、東門〜北門〜山頂(姑堂峰)〜梵魚寺や、南門〜上鶏峰などのコースを適当に歩いている。写真は、元暁峰(筆者は試したことがないが岩の東面はクライミングのゲレンデにも)の付近から。(単独)



富士山の積雪(2015前半・・3回分まとめて)

 2015.2.7、2015.3.28と2015.4.19の3回分。すべて御殿場口から日帰り。
 2017.4.19は強風で、長田尾根から火口縁まで登ったところで、その場にあった適当なオブジェを証拠写真にして、剣ヶ峰までは届かないまま、すぐに下山。下山中に吹き倒されて、手をついた時に、手指を少し痛める。下山後にX線で調べてもらうと、拇指の骨折らしい。もし、足を痛めていたら、誰もいない山上で凍死もあり得ると思うと、ちょっと恐ろしくなる。(単独、アイゼン・ピッケル)


2015.2.7(12:12、剣が峰)

2015.2.7(12:13、神社)

2015.3.28(10:53、山頂)

2015.3.28(11:36、神社・・灯篭が隠れるほど多雪)

2015.4.19(10:59、山頂・・長田尾根から火口縁)

2015.4.19(5:37、標高2500m付近、登行中に山頂方向)


以前へ