不渡処分の概要 ver0.97(2001/6/15-、最終更新2008/3/1)
(文責:亀島)
1. 不渡発生
2. 手形交換所規則による不渡処分
3. 支払銀行との法律関係
4. 不渡処分の対策(3.4以降執筆中!)
はじめに
商取引における手形・小切手の役割は縮小しつつあるといわれている。少なくとも内国為替に関しては「振込」が大半を占め、送金小切手や為替手形が送金手段として利用されることはまれである。商取引における手形・小切手の利用では、自己宛小切手が高額の対面取引に利用されているほかは、当座預金を支払資金とする約束手形および小切手が大半と考えられる。商取引以外では、CPのほか、銀行や貸金業者が融資の際に授受する約束手形(いわゆるシステム金融では小切手)がある。
これらは、それぞれ手形法・小切手法の約束手形・小切手であり、その方式や効力はもっぱら手形法・小切手法の規定によるが、当座預金を支払資金とする限り、その支払いに関して当座勘定規定の適用を免れず、手形交換による決済を前提にする限り、いわゆる不渡処分に関して手形交換所規則の適用を免れることができない。
当座勘定規定は、銀行*1と当座取引先との約款に過ぎないが、たとえば所定の金額欄記載の金額によって取扱う旨の規定(当座勘定規定6条)や振出日白地の手形・小切手を決済(同17条)する旨の規定などで、手形法・小切手法規定と整合しない取扱いを特約している。銀行は手形の支払担当者や小切手の支払人となるが、手形・小切手の所持人に対して、何ら支払義務を負うものではなく、当座取引先との契約で支払いを受任しているに過ぎないので、その支払いの範囲はもっぱら当座勘定規定(ないし当座勘定貸越約定書)による。有効な手形・小切手であっても支払わない場合を定め、あるいは、要件を欠く「無効」な手形・小切手のみならず、有価証券でもない単なる紙片に対して支払う旨を定め得ることは言うまでもない。
一方、手形交換所規則は、手形交換所社員銀行の自治規範に過ぎず、手形交換所に参加する銀行以外のものを拘束するいわれがないが(ただし当座勘定規定25条)、不渡報告への掲載や銀行取引停止処分などのいわゆる不渡処分を定め、銀行取引先の利害に大きくかかわることになる。手形・小切手の利用は、手形法・小切手法のほか、これらの規定にも通じる必要があろう。
本稿では、不渡ないし不渡処分への対策について、手形交換所規則とその施行細則および当座勘定規定に基づいて説明する。条文の参照は、断らない限り、東京手形交換所規則およびその施行細則とする。たとえば、単に「(25 1)」とすれば、東京手形交換所規則第25条第1項とし、「(細則25)」とすれば、同施行細則第25条とする。
1* ここで、「銀行」とは、銀行、信用金庫、農業協同組合など、預金を扱う金融機関のうち、手形交換所に加盟するものを総称する。なお、手形交換所加盟の金融機関には、郵便局も含まれる。利用は少ないが、郵便振替を支払資金とする郵便振替小切手もある。郵便振替小切手に関しては、その手形交換と不渡処分に関しては、手形交換所規則が適用されるが、その決済に関しては、郵便振替法および総務省令の郵便振替規則(当座勘定規定に相当する規定を含む)による。(補注:平成19年10月の民営化により、ゆうちょ銀行が「振替」の名称で、相当する取引きを継続しているが、郵便振替法の「郵便振替」ではなくなった。)
1. 不渡発生
不渡対策は、時間との勝負である。手形交換所規則を説明する前に、現在の銀行実務に基づいて、約束手形や当座小切手の所持人が、自己の取引銀行の預金口座にその証券を入金することにより、取立てを依頼し、取立ての依頼を受けた銀行(持出銀行)は、その証券を手形交換を経由して支払銀行に呈示したというごく典型的なケースを想定して、「不渡発生」前後の時間の流れを概観する。
実際には、この典型的なケースのほか、店頭呈示や店頭不渡返還の場合のほか、持出銀行のない場合、すなわちが所持人が支払銀行に口座を持ち、その口座に入金した場合などの変形も考えられるが、これは手形交換所規則の説明の中で解説する。
登場者が複数になるので、この章では、一応、下表のように呼称することにする。
取立依頼人(所持人)
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持出銀行
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手形交換所
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支払銀行
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振出人
|
1) 交換日の前日
手形・小切手の所持人の預金口座に入金されるなどの方法で取立依頼を受けた持出銀行は、手形・小切手下縁のMICR印字*1に金額の印字を加え、不渡となったときの返還先を明示する意味で、手形・小切手を問わず、その表面に特定線引を施す(細則27)。
こうして準備された手形・小切手は、翌日(実際には当日の夜に行われることがある)の手形交換のために、持出銀行の事務センターに集められ、手形・小切手の裏面に手形交換印が押捺される。手形交換印は、銀行名・交換日が記されたゴム印で(様式は細則25)、事務センターに集められてから機械押捺されることが多い。交換所規則でその押捺が求められるほか(25 1)、手形交換所加盟銀行は、手形交換印が押捺された手形・小切手を、手形交換によらず支払うことができないとされている(25 2)。なお、手形交換印は、遡求権行使の要件である支払呈示があったことを証明する有力な証拠となる。
1* Magnetic Ink Character Recognition。手形・小切手の下縁(クリアバンド)に印字された機械処理用の数字・記号列で、銀行交付の小切手用紙や約束手形用紙には、交換所番号・金融機関番号・店番号・口座番号・小切手番号などがあらかじめ印字されている。
2) 交換日の午前
手形交換で決済される小切手は、当日の手形交換(前夜に行われる「夜間交換」もある)のあと、支払銀行に持ち帰られる。以前と異なり、当座取引のある営業店まで証券の現物が運ばれることはなく、多くの場合、銀行の「事務センター」でその地域の営業店の決済事務が集中的に処理される。そのまま、ただちに当座取引先の当座預金から引き落とし処理が行われる。この段階では、手形・小切手下縁のMICR印字に基づいて処理されるだけで*2、印鑑の照合も行われていない仮の決済で、当日中に不渡返還すべき事由が判明すれば、当然にその引き落しは取消される。
その後、事務センターでは午前中には券面記載内容の形式点検と印鑑(署名鑑)照合等を行い*3(当座勘定規定14、同16参照)、手形用紙・小切手用紙(同8参照)なども確認し、問題がなければ当座取引先(振出人または引受人)の口座から決済される(同7)。ただし、事故届が提出されている手形・小切手は、当座取引先による支払委託が取消されていると考えられるので、そのまま決済されることがなく、交換呈示された旨が取引先に連絡される。さらに、当日の営業時限中に事故届が提出された場合も、決済は取消される*4。不審な手形・小切手については、営業店を経由して、取引先に照会する。預金残高が不足している場合なども、この段階で判明し、営業店から取引先に入金を求めることになる。
2* もっとも、為替手形は引受人に交付された手形用紙が用いられるとは限らず、用紙には引受人の口座番号は印字されていないため、MICR印字による引き落としはできない。その他、汚損などによる少数の機械処理不適格手形があり、これは手作業で処理せざるを得ない。
3* このため、当座取引の開始にあたって、印鑑票を2通以上徴求し、営業店と事務センターに各1通以上保存している。銀行によっては、事務センターにあたる施設が複数あることもあり、その場合、印鑑票は3通以上徴求されることがある。
4* 小切手法では支払呈示期間経過前の支払委託の取消はその効力を生じない旨定めるが(小32 1)、実際には、支払銀行は小切手に対しても事故届にしたがって、ただちに支払いを差止めている。
3) 交換日の午後
交換呈示にかかる手形・小切手に関しては、その決済の確定は1日ごとに、交換日当日の営業時限終了の時点(午後3時)で行われることが原則である(当座勘定規定10参照)。支払銀行は預金残高が不足する場合も、営業時限終了までその入金を待ち、その後、決済の可否を判断する。そのため、支払銀行の営業店では、できるだけ早い時刻に、資金不足の場合は取引先に入金を求め、印鑑相違などの場合は当座取引先の決済意思を確認する。
決済できない手形・小切手の扱いについては、銀行によって若干の違いが見られるが、支払銀行は、交換日当日の営業時限終了後も、便宜扱いとして、おおむね午後4時頃まで入金や依頼返却の申出を待って、それらがない場合、不渡返還を決意する。もちろん、過振り*5の可否なども、この時刻までに検討される。この時限は、翌日の手形交換によって不渡となった証券を返還するための技術的な制約なので、これを過ぎれば、不渡返還の可否や不渡事由を変更することは、非常に困難となる。もっとも、支払銀行などの取扱過誤を理由とする不渡処分の取消は可能で、不渡届提出後も、交換日の翌々営業日の午後3時までに取消が請求された場合は、不渡報告や取引停止報告への掲載は回避される。
不渡返還が確定すれば、支払銀行の事務センターでは、営業店から事情を聞いた上で、不渡事由を決定し、不渡返還する手形・小切手に不渡事由を記載した付箋を付し、若しくは不渡宣言のゴム印を押捺(小切手の場合)する*6。不渡返還は、翌日の手形交換で行うのが原則のため、その準備として、手形交換印の押捺も行われる。
例外的に、不渡となった証券を交換日の翌日に持出銀行の店頭で不渡返還する翌日店頭返還も行われるが、これは、支払銀行の都合で、翌日の手形交換に持ち出せない証券について行われるのが原則で、たとえば、入金待ちのために翌日店頭返還を依頼しても、支払銀行はまず応じない。
この時点では、不渡発生の事実は、支払銀行から連絡を受けた当座取引先(手形・小切手の振出人・引受人)のほかは、支払銀行の役職員が知るのみである。もっとも、支払銀行は交換日の当日中に持出銀行にの店頭に持参して、不渡返還を行うこともできる(当日店頭返還)。これは、巨額の手形・小切手の不渡に際して、その手形金ないし小切手金の返戻を翌日まで待てないときに行われる完全に例外的な処理である。
5* 過振りとは、支払銀行の裁量によって、当座預金残高を超えて支払うことで(当座勘定規定11)、当座取引先の信用に問題がない場合に行われる。
6* 不渡事由を記したゴム印は小切手法の不渡宣言(小39 (2))となる。これは、支払銀行による確定的な支払拒絶を宣言するものなので、再度の持出しを予期できる案内未着、裏書不備、形式不備、依頼返却などの事由で返還するときは手形の場合と同様に付箋による処理をする。
4) 交換日の翌営業日
不渡手形・不渡小切手は、原則として、翌朝までの手形交換で持出銀行に返還される*7。また、原則としてこの日の午前(東京手形交換所の場合、午前9時30分まで)に支払銀行から不渡届が提出される。不渡手形・不渡小切手の返還を受けた持出銀行では、交換日の翌日午前には、入金した取立依頼人に通知し、同時に手形・小切手を入金した所持人の口座から、その手形金または小切手金相当額を引き落とす(この時限までに不渡返還がなければ、手形・小切手を入金した取立依頼人の口座で、その金額の資金化が確定する)。
なお、持出銀行に返還された不渡手形・不渡小切手の現物は、持出銀行の事務センターにあるので、現実に取立依頼人の手元に戻されるのは、この翌日以降となる*8。
不渡発生の事実およびその不渡事由は、この日のうちに少なくとも取立依頼人に知られることになる。
7* 手形交換は集団的決済なので、定められた方法で不渡返還されない場合は、支払銀行は、持出銀行(通常は取立受任者)との関係で手形金を確定的に支払ったものと考えられている。支払銀行の取扱過誤によって、不渡返還が行えなかった場合も、持出銀行に対して不当利得の返還を求め得ないであろう。不渡返還を行うか否かは支払銀行の意思にかかるからである。
その結果、当座取引先に対しては、原則として過振り(当座勘定規定11)となり、取引先以外の者に対しては、事務管理などを理由に手形債務者に対する求償を行うほかなくなる。
8* あらかじめ不渡が予想されるケースで、取立依頼人(所持人)の側で速やかに仮差押などを申し立てる必要がある場合は、持出銀行の事務センターから不渡手形・不渡小切手の両面コピーをファックスで営業店に送ってもらうしかない。事前の依頼が必要であろう。
5) 交換日の翌々営業日
原則としてこの日の午前(東京手形交換所の場合、午前9時30分まで)に不渡手形・不渡小切手の返還を受けた持出銀行から不渡届が提出される。
この日の午後3時が第2号不渡届(後述)に対する異議申立ての期限で、この時刻までに支払銀行から異議申立てがなければ、後述の「不渡報告(1回目)」若しくは「取引停止報告(6ヶ月内の2回目)」への掲載が確定する*9。この日の午後3時は、支払銀行が手形交換所に異議を申し立てる期限なので、当座取引先から取引銀行(支払銀行)への異議申立ての依頼は、当然ながらそれ以前に期限が設定される。不渡事由が「詐欺」や「契約不履行」等の場合は、交換日当日中に異議申立ての依頼書と異議申立提供金の資金となる預託金を提出しているで場合がほとんどで、問題にならないが、「偽造」、「変造」を理由に異議申立提供金の免除を請求する場合などは、この期限内に異議申立書の添付資料*10などを用意する必要がある。
第1号不渡届が提出された場合、または第2号不渡届が提出され異議申立てがなかった場合、手形交換所では、支払銀行および持出銀行の双方から提出された不渡届に基づき、「不渡報告」若しくは「取引停止報告」に掲載する。これらは、翌朝の配布のため、この日の夜間に印刷される。
9* 不渡届が銀行の過誤であるときは、この時刻までに銀行から取消の請求があれば、不渡報告や取引停止報告への掲載を免れる。この時限経過後の取消請求に対しては、事後的な不渡報告若しくは取引停止処分の取消しによらなければならない。
10* 異議申立提供金は、「偽造」、「変造」またはこれと競合する「資金不足かつ偽造」などの不渡事由に限り支払銀行の請求により免除されるが、その請求には、振出人等の陳述書や偽造・変造手形の写しなどの提出が求められる(告訴状写しおよび同受理証明書も求められるが、これは告訴の受理状態を勘案して、「交換日から起算して10営業日の営業時限」に提出すればよいとされている)。
これらの添付書類が整わないときは、「偽造」、「変造」を不渡事由とする場合でも、異議申立提供金が求められる。
6) 交換日の翌々々営業日(交換日から4営業日目)
「不渡報告」と「取引停止報告」が手形交換所加盟銀行の各営業店に配布される。これらは、銀行の内部文書として、部外者には知られない建前であるが、実際には、これらを入手して配布する業者があり、それを経由して、「不渡発生」が広く知られることになる。
「取引停止報告」に掲載された者に対しては、「取引停止処分」がこの日に発効し、その後2年間、手形交換所加盟銀行は被処分者に対する当座取引および貸出取引を原則として禁じられる。
営業日 | 持出銀行 | 支払銀行 |
交換日前日 | 取立依頼人が手形・小切手を口座に入金 | - |
交換日当日 | - | 手形・小切手を手形交換で受取る。決済できないときは不渡返還を決意。 |
交換日+1日 | 不渡返還された手形・小切手を受領して、取立依頼人の口座から手形金または小切手金相当額を引き落とす。 | 不渡届を提出。 |
交換日+2日 | 不渡届を提出。 | 異議申立期限。手形交換所では、不渡報告、取引停止報告を作成する。 |
交換日+3日 | 不渡報告、取引停止報告が配布される。取引停止処分発効。 |
2. 手形交換所規則による不渡処分
2.1 手形交換所規則
手形交換所は各地の銀行協会が運営している法人格のない組織で、全国に600ほどあり、そのうち180あまりが法務大臣に指定されている(手83、小69)。手形交換所規則は、各地の手形交換所ごとに定められているが、その規則のうち、特に不渡処分に関する規則や施行細則は、最近では、全国銀行協会連合会の通達を受けて一斉に改定される例であるため、全国の手形交換所規則においてほぼ同一と思われる。なお、手形交換所規則は相当の頻度で改定されている。その改定に基づいた掲示が銀行の店頭で行われることがある。最近の例では、「行内交換手形等の不渡手形の不渡届取扱いについて」と題したポスターが記憶に新しい。これは平成9年の手形交換所規則の改定によって、行内交換手形にも不渡届の提出が義務づけられたことによる。このように手形交換所規則の改定(またはその根拠となる全国銀行協会の通達)は、適宜公表されるが、残念ながら手形交換所規則そのものは容易には入手できない。
手形交換所規則は、手形交換所の自治規範であり、手形交換所の加盟銀行以外の者を規律するものではない。また、手形交換所規則においては、不渡届の提出、異議申立て、取引停止処分等の解除の請求など、すべての手続きは手形交換所の加盟銀行によって行われるので、当座取引先など、手形交換所の加盟銀行以外の者が直接手続きに関与することもない。しかし、手形交換所規則のうち、不渡処分*1に関する部分は、手形交換制度の信用を維持することを目的とし、手形・小切手を振出すことがある当座取引先の利害に重大な影響を与える。判例も、「当座取引は手形交換所規則を当然の前提とする」旨を繰り返し判示し、当座勘定規定でも、「手形交換所の規則にしたがって処理」と明記されるようになった(当座勘定規定25)。なお、手形交換所の加盟銀行は、その当座取引先ないし振出人等のために。手形交換所に対し、異議申立てなどを行う義務があると考えられ(3.3参照)、過失によりこれを怠ったときは損害賠償の責めを負う(判例多数)。
1* 交換所規則の条文では、「不渡報告」ないし「不渡報告への掲載」、「銀行取引停止処分」ないし「取引停止報告への掲載」とされている。前者はいわゆる1回目の不渡で、後者は6ヶ月内の2回目の不渡による銀行取引停止処分である。本稿では、これらを「不渡処分」と称する。
2.2 不渡処分の対象
不渡処分の対象となる「手形」は、約束手形・為替手形のほか、小切手を含む(規則62)。これらのうち、銀行振出の自己宛小切手や送金小切手については、最近の交換所規則の改定で、不渡届不要とされているため(細則77 1(1))、現実に不渡処分の対象となる「手形」は、当座勘定を資金として振り出された手形(CPおよびマル専手形を含む)と小切手(当座小切手)に限られる(62)。
不渡処分は、これらの手形(規則62の意味で、約束手形・為替手形のほか、小切手を含む。以下同じ)の支払義務者(約束手形・小切手の振出人*2、為替手形の引受人)に対する制裁と考えられる。なお、手形・小切手の裏書人などへの遡求には、手形交換制度が利用されることもなく、そのため、裏書人に支払呈示された手形が不渡返還されるということもあり得ない。これらの遡求義務者に対して不渡処分が行われることはない*3。
| 不渡処分(交換所規則) | 当座勘定規定 |
商取引 | 約束手形・小切手 | 適用 | 適用 |
自己宛小切手 | 交換を前提とするが不渡処分の対象外*4 | 適用なし |
金融(銀行) | 約束手形 | 適用なし*5 | 適用なし |
(その他) | 約束手形(小切手) | 適用 | 適用 |
2* パーソナルチェック(個人用当座勘定)において、顕名のない「代理人」の制度がある。夫婦連名で口座を開設し、どちらが振出した小切手も同一の口座で決済するという商品であるが、現実には一方が「本人(取引名義人)」、他方が「代理人」として届けられている(当座勘定規定個人当座用7)。
この場合、「代理人」が振出した小切手の証券面上に取引名義人の表示がないので、小切手法上は、「代理人」を振出人とせざるを得ない(小切手訴訟でも、「代理人」を被告として、遡求義務の履行を求めるしかない)。一方、支払銀行との関係で、この小切手の決済に(道義的な)責任を持つ者は当座勘定の取引名義人とも考えられるので、手形交換所規則では、不渡届には取引名義人を記載する旨が定められている(細則75 5)。しかし、手形交換所規則のこの規定は、名義冒用(偽造)の場合などに、証券面上の振出人等(名義の被冒用者など)を記載した不渡届が提出されることと均衡を失する感がある。
3* 知人などの金融支援のためには、融通手形(手形割引などの金融を目的とした手形)の振出しより、相手方振出しの手形への裏書きの方が「安全」であると一般にいわれる。裏書人は不渡処分の圧力下で支払を強制されることがないからである。
4* 以前には、支払銀行も自ら振出した手形・小切手を不渡返還するときは、不渡届を提出し異議申立てを行っていたが、最近の例ではすべて不渡届を提出しない。なお、送金小切手における「案内未着」を不渡届の提出を要しない0号不渡事由としているほか、明文はないが自己宛小切手の紛失(振出依頼人からの事故届)を事由とした不渡返還も0号不渡事由とするのが前例である。
5* 銀行融資の一種である手形貸付のために振出された約束手形を指す。店頭呈示手形に準じて不渡届を提出することも考えられなくはないが、不渡届の提出期限(呈示日の翌朝)と確定日払い手形の支払呈示期間(3日)の関係で、事実上不可能であろうし、そもそも、当座勘定により決済すべき手形ではないので(手形貸付金の回収は別途小切手を徴求する例である)、不渡に類する現象があるわけでもない。手形・小切手の流通証券としての信用を維持を目的とする不渡処分の制度趣旨から考えても、貸付金回収のために不渡届を提出するのは、制度の濫用であろう。
2.3 不渡処分の要件
不渡報告、取引停止報告は、前述のように、不渡届が提出された手形・小切手について、異議申立てがない場合、その支払義務者について、氏名(法人の場合は法人名・代表者)、住所、業種、銀行名、理由を掲載し、交換日から起算して4営業日目に手形交換所加盟の銀行に配布される。ただし、すでに銀行取引停止処分が行われているときは、不渡報告、取引停止報告には掲載されない(64 (2))*4。
不渡届と不渡処分
不渡届なし(0号不渡事由) | - | 不渡処分なし |
第1号不渡届(第1号不渡事由) | 異議申立不可 | 不渡報告、取引停止報告への掲載 |
第2号不渡届(第2号不渡事由) | 異議申立て | 不渡処分なし |
異議申立てなし | 不渡報告、取引停止報告への掲載 |
不渡事由については、後の節で詳しく説明するが、「第1号不渡事由」は「取引なし」および「資金不足」で、異議申立ての許されない不渡事由である。
取引停止報告は、前回の不渡届にかかる手形・小切手の交換日から6ヶ月以内の日を交換日とする手形・小切手について不渡届が提出された場合に掲載され、この場合、銀行取引停止処分*5 *6が行われる。
なお、同一の振出人等に関して、同一の交換日にかかる不渡届が2枚以上提出されたときは、これを1回として計算する(細則76 5)。よって、不渡報告掲載の前歴がなければ、同日に数件の不渡を発生させても、不渡報告に掲載されるのみで、銀行取引停止処分が行われることはない。
4* この場合、不渡届も不要である。この場合の不渡事由は、規則に明文はないが、不渡届不要である旨を明示するため、「取引なし(取引停止処分済)」とする実務である。
5* 取引停止処分は、各種統計で「倒産」と扱われるほか、中小企業倒産防止共済法でも共済金支払事由とされている(同法2 2 (2))。
6* 取引停止処分は、参加銀行に対して、取引停止処分日から起算して2年間、当座勘定取引および貸出の取引(ただし、債権保全のための貸出を除く)を禁じる処分である。なお、取引停止処分日とは取引停止報告に記載された日であり、いわゆる不渡発生日(交換日)とは異なる。
2.4 不渡事由と不渡届
不渡事由は、大別すると「0号不渡事由」、「第1号不渡事由」および「第2号不渡事由」になる。0号不渡事由は、不渡届提出不要で不渡処分の対象外、第1号不渡事由および第2号不渡事由は、それぞれ、第1号不渡届および第2号不渡届が提出される(63条)。第1号不渡届に対する異議申立ては許されないが、第2号不渡届には異議申立てができる。不渡事由が競合する場合の不渡届は、下表による(細則77 2 (2))。
不渡事由と不渡届
0号不渡事由 | - |
0号不渡事由と第1号不渡事由または第2号不渡事由の競合 | - |
第1号不渡事由 | 第1号不渡届 |
第1号不渡事由と第2号不渡事由(偽造・変造以外)の競合 | 第1号不渡届 |
第1号不渡事由と第2号不渡事由(偽造・変造)との競合 | 第2号不渡届 |
第2号不渡事由 | 第2号不渡届 |
なお、現実には不渡事由の選択は非常に微妙な問題であり、営業店サイドだけで単純に決することができず、本部の担当者と協議を要することが多い。また、原則として交換日当日に不渡返還の準備をしなければならないので、不渡事由の決定にも時間をかけられず、そのため当座取引先と紛争になることがある。
個別の不渡事由の説明は、「東京手形交換所規則施行細則77条(不渡事由等)」のコメントに委ね、以下では、問題になるケースを例示する。
- 振出人・引受人が支払銀行の取引先でない場合
手形・小切手を決済すべき当座勘定が存しない場合であるが、たたちに第1号不渡事由の「取引なし」として不渡返還することは許されない。少なくとも、振出名義人(または為替手形の引受名義人)の実在を確認し、これと連絡がつく限りは、その主張を聴取し、もし、振出や引受の事実を否認するなら、不渡事由は、「取引なしかつ偽造」などとせざるを得ない*7。
振出名義人の実在が確認できないときや連絡が取れないときは、「取引なしかつ用紙交付先相違」などの事由による第1号不渡届を提出することも考えられるが、この場合でも偽造が疑われるときは、「取引なしかつ偽造」を事由とすることもある*8。
- 届出の印鑑(当座勘定規定14条)と異なる印鑑が押捺されている場合
単純に考えると、第2号不渡事由の「印鑑相違」となろう。しかし、このような場合は実質的に考えると、(A) 取引先による誤った印鑑の使用、(B) 偽造のいずれかである。
(A)の場合には、そのまま当座勘定で決済することはできないが、手形・小切手としては有効に(振出人の意思に基づいて)振出されているので、振出人は、その支払を免れることができない。正しい届出印鑑を押捺した小切手と差し替えさせて決済すべきで、その方が当座取引先(振出人)の利益にも適合する。
(B)の場合、すなわち振出人が「偽造」を主張した場合には、支払銀行としては、振出人の主張に従って「偽造」を不渡事由とせざるを得ないであろう。「偽造」、「変造」の場合のみ認められる異議申立提供金免除(細則79)の利益を奪い得ないからである。
結局、不渡事由として「印鑑相違」が用いられるのは、当座取引先(振出人)に連絡がつかない場合、もしくは当座取引先が印鑑相違の原因について陳述を拒む場合のみであろう。
- あらかじめまたは交換日当日に事故届が提出された場合
支払委託が取消されているので、たとえ善意取得などが明らかであっても、支払銀行としてはそのまま支払うことはできず、事故届の内容に応じて、「契約不履行」、「詐欺」ないし「紛失」などの第2号不渡事由を選択することが原則である。現在の実務では、この場合も取引先に連絡し、その意思を確認して、決済の意思があれば小切手と差し替えさせて決済し、決済の意思がなければ、異議申立ての申出書と異議申立提供金の資金となる預託金は原則として即日提出させる。預金残高が決済するに足りず、しかも交換日当日に預託金の提出がないときは、「資金不足かつ契約不履行」などの第1号不渡届の提出もやむを得ない(細則77 2 (2))。
不渡届は、甲片と乙片があり、乙片は支払銀行により提出され、甲片は不渡返還される証券に添付して持出銀行に送付された後、持出銀行により提出される。提出時限は、東京手形交換所の場合、乙片(支払銀行)は交換日の翌営業日の午前9時30分(翌営業日店頭返還の場合は翌々営業日の午前9時30分)、甲片(持出銀行)は不渡返還を受けた日(通常は交換日の翌営業日)の翌営業日の午前9時30分である。この提出は義務的である(63、細則75 1)。
いずれにしても、交換日の翌々営業日には、支払銀行および持出銀行からの不渡届が出そろうことになり、その日の異議申立ての有無を確認して、翌朝(交換日から起算して4営業日目)の不渡報告または取引停止報告への掲載の準備が進められることになる。
行内交換手形(同一銀行の交換所参加店間の交換された手形・小切手)の場合にも、手形交換所における交換手形に準じて、不渡届が提出される(細則75 2)。
店頭呈示手形の場合は、不渡届の提出は支払銀行の任意であるが、実際には提出されることが多い。この場合、甲片・乙片ともに、呈示された翌日の午前9時30分までに、支払銀行によって提出される。
7* これは第1号不渡事由と第2号不渡事由が競合する場合であるが、例外的に第2号不渡届による。よって、異議申立てができる。
8* 細則79条2項は、「偽造」、「変造」を不渡事由にする異議申立提供金の免除(後述)に関して、「振出人等と取引がなく、かつ用紙交付先と相違する場合等真にやむをえない理由」があれば、告訴状写しや振出人等の陳述書に代えて、支払銀行の陳述書等によることを許容している。
2.5 異議申立て
第2号不渡届には、支払銀行からの異議申立てが可能である。この場合、原則として、不渡となった手形・小切手の手形金額・小切手金額相当額の異議申立提供金が必要である(66)。実際には、手形・小切手の振出人ないし引受人の委託により、かつ、これらから異議申立提供金の資金として異議申立預託金を提出させて、支払銀行が手形交換所に異議申立てを行う。
異議申立てについては、一定の場合に異議申立提供金の免除と返還(当然ながら異議申立提供金も免除され、ないし返還される)が請求できる*9。
- 異議申立提供金の免除
不渡事由が偽造または変造の場合は、異議申立提供金の免除を請求できる(66 1)。その場合、下記の資料の提出を要し、その判断は不渡手形審査専門委員会(後述)に委ねられる。
- 告訴状写しおよび同受理証明書(警察において告訴不要とされたときは被害届写しと同受理証明書で足りる。)
- 振出人等の陳述書
- 当座勘定取引証明書
- 届出印鑑写し
- 偽造または変造手形の写し
これらの資料を異議申立てに際して提出する必要があるが、第1号(告訴状写しおよび同受理証明書)の書類のみ、交換日から起算して10営業日までの提出が認められる(細則79 1)。
不渡手形審査専門委員会*9の審議で異議申立提供金免除の請求が却下されたときは、却下された日の翌々営業日の営業時限までに異議申立提供金の提出を要し(細則79 6)、これを怠るときは不渡処分に付される(細則79 7)。
なお、これと同様の要件および提出書類で、異議申立提供金の返還も認められる(67 4)。
- 異議申立提供金の返還
規則67条に定める異議申立提供金の返還事由は、次のようなものである。異議申立提供金が手形交換所から持出銀行に返還されることにより、支払銀行に提出した異議申立預託金の弁済期が到来して、これが返還されると考えられている。
- 不渡事故が解消し、持出銀行から交換所に不渡事故解消届が提出された場合*10
- 別口の不渡により取引停止処分が行われた場合
- 支払銀行から不渡報告への掲載または取引停止処分を受けることもやむを得ないものとして異議申立ての取下げの請求があった場合*11
- 異議申立てをした日から起算して2年を経過した場合
- 当該振出人等が死亡した場合
- 当該手形の支払義務のないことが裁判(調停、裁判上の和解等確定判決と同一の効力を有するものを含む。)により確定した場合
- 持出銀行から交換所に支払義務確定届または差押命令送達届*12が提出された場合
上記のうち、3号による場合は、その返還した日を交換日とする不渡届が提出されたものとみなした不渡処分が行われる(67 3)。また、7号による場合は、持出銀行(実質は所持人)からの請求により、不渡手形審査専門委員会が裁量的に不渡処分を行う(67の2)。
これらの事由のほか、規則67条4項に定める異議申立提供金の返還が請求されることがある。「手形の不渡が偽造、変造、詐取、紛失、盗難、取締役会承認不存在その他これらに相当する事由によるものと認められる場合には、交換所に対し、異議申立提供金の返還を請求することができる」とするもので、この場合においては、その請求書に細則で定める証明資料(細則79条1項の準用で上記の異議申立提供金の免除で求められる資料と同様)を添付が求められる。なお、これらの事由に該当する場合は、不渡処分の事後的な取消も認められるが(69)、いずれも不渡手形審査専門委員会の審査による。
9* 不渡処分に関する実質的判断のために、手形交換所に不渡手形審査専門委員会が設置されている(71)。その職務は規則・細則からは、下記のようなものである。
- 異議申立提供金の提供の免除の審査(細則79)。事由は規則66条で定められていて、「偽造」、「変造」に限られる。また、告訴状写しおよび同受理証明書などの提出が求められる。
- 異議申立提供金の返還の審査(67 4)。規則66条で提供した異議申立提供金の裁量的返還の審査で、事由は「偽造」、「変造」のほか、「詐取」、「紛失」、「盗難」、「取締役会承認等不存在」、「その他これに相当する事由」とされている。「細則79条に規定する資料に準じた資料」の提出が求められる。
- 取引停止処分等の事後的取消の審査(69)。上記と同様の事由で、不渡処分の事後的な取消の請求ができる。
- 取引停止処分等の事後的解除の審査(70)。不渡処分の裁量的解除の審査で、「著しく信用を回復したとき」、「その他相当と認められるとき」認められる裁量的解除を審査する。
- 支払義務確定による取引停止処分等の審査(67の2)。規則67条1項7号(支払義務確定届)などによる異議申立提供金の返還が行われた場合など、持出銀行の請求により不渡処分に付すことができる。
10* 持出銀行は、不渡となった手形・小切手の所持人から申出によって、不渡事故解消届を提出する。和解によるときは、和解金を授受すると同時に、手形・小切手を回収するだけでなく、この不渡事故解消届提出の申出を失念しないように注意を要する。
11* 数件の不渡について、異議申立てを同日に取下げると、不渡1回分となるので、不渡報告には掲載されるが、前歴がなければ銀行取引停止処分は課せられない。資金繰りの最後の手段となることがある。
12* 支払義務確定届ないし差押命令送達届の提出は持出銀行の任意とされるが(細則80の2、同80の3)、取立てを依頼して不渡となった手形・小切手の所持人との関係では、その申出に応じて提出の義務があると考える。
3. 支払銀行との法律関係
前章までは、不渡処分をめぐって、もっぱら手形交換所とその加盟銀行の関係に注目して、手形交換所規則を解説してきた。「不渡対策」を説明する前に、ここでは、手形交換所加盟銀行とその当座取引先である手形・小切手の支払義務者との関係を略説する。ここで、「支払義務者」とは、手形・小切手面に署名のある約束手形・小切手の振出人または為替手形の形式上の引受人とするが、現実に支払義務があるか否かは不問とし、また、署名が偽造である場合などもこの用語を用いる。
3.1 当座勘定規定と手形・小切手の支払い
支払銀行が自ら振出した自己宛小切手などを除き、支払銀行は、第三者方払い手形の支払担当者や小切手の支払人に過ぎず、交換呈示された手形・小切手に関して、取立依頼人や持出銀行に対して支払義務を負わない*1。これらの支払いは、当座預金先との預金約款である当座勘定規定に基づく(当座勘定規定7 1)。支払銀行は、当座取引先である手形・小切手の振出人・引受人に対する関係では、振出人や引受人の計算で手形金・小切手金を支払う権限を授権される一方、これとの関係で、預金残高の範囲でこれらを支払う義務を負う。もちろん支払資金の計算にあたっては、当座貸越契約があればその極度額も考慮する必要がある。いずれにしても、支払うべき手形・小切手を不渡返還したときは、当座取引先に対して債務不履行による損害賠償責任を負う。当座取引先の過失による過失相殺も考慮され得るが、損害賠償は不渡返還による損害のすべてに及ぶ。
この支払銀行と当座取引先の関係は、消費寄託と委任(準委任)の混合契約*2などと説明されるが、手形・小切手の支払いに関しては、準委任契約(民656)と考えられる。
第1章で説明したように、交換呈示にかかる手形・小切手は、支払銀行の事務センターで処理され、当座預金から引き落とされる。もっとも、これが決済される時点を理論的に説明することは困難である。決済時点の問題は、当座預金を差押債権とする差押(仮差押)命令が営業時限内に送達された場合に、預金残高が不足すれば当日交換の手形・小切手の決済を優先して決済後の残高を差押えられたものとすべきか、差押(仮差押)命令を優先して当日交換の手形・小切手を不渡返還すべきかなどに関係する。実務では、前者、すなわち当日交換の手形・小切手の決済を優先することが多いが、判例は見あたらない。略説すると次のようになろう。
手形交換による支払呈示の効果は、手形交換所で交換に付されたとき生じると考えられる(手38 2、同77 1など)。もっとも、交換された証券を支払銀行が持帰っただけで、ただちに決済され、手形金・小切手金相当額の当座預金残高が減少するとするのは無理である。当座取引を営業日ごとに計算される交互計算(商529-)とする考え方でもとらない限り、決済の時点は、(A)手形・小切手の金額を口座から引き落とす交換日の朝、または、(B)不渡返還を行わないことが確定した交換日の営業時限終了時のいずれかとするほかない。支払銀行は手形・小切手の所持人(取立依頼人)との関係では、何らの支払義務を負わず、手形・小切手を随意に不渡として返還し得ることを強調すれば、不渡返還を行わないことが外部的に確認できる時点に決済されるとするB説に近づくであろうが、手形・小切手の決済は、当座取引先の事前の委託によると考えると、差押(仮差押)命令の送達前に支払委託と支払呈示が行われているので、差押(仮差押)命令より決済を優先させるA説に近い実務も是認されるであろう。もっとも、この考え方では、事前に事故届によって支払委託を取消されている手形・小切手について、差押(仮差押)命令の送達後にその事故届を取下げて(支払委託を復活させて)、差押(仮差押)債権者に優先して決済することは許されないことになる。
一方、営業時限内に別口の手形・小切手が店頭呈示され、それを支払えば資金不足に至る場合は、支払銀行は、その支払を営業時限終了近くまで遅らせ、当座取引先の意向も確認してから、いずれの手形・小切手を決済するかを決定する。先に店頭呈示された手形・小切手が支払われてしまわないために、前述のように手形交換で持帰った手形・小切手は、早朝までに印鑑照合もしないまま、仮に取引先口座から引き落しておく実務である。なお、決済する手形・小切手の選択にあたっては、銀行は当座取引先の意向に拘束されないので(当座勘定規定10)、支払銀行の取引先からの手形を優先するなども行われる。
1* 手形・小切手上の債務を負わないことはもちろんとして、支払うべき手形・小切手の支払拒絶による不法行為責任も争われることがあるが、所持人に対する賠償責任について、判例は一貫して否定する。
2* 普通預金の場合、その取引全体を観察すれば、口座振替依頼書に基づく支払いなどがあるが、普通預金規定には、振込金の受入れを除いて、支払委託などの委任ないし準委任の条項を含まない。口座振替は、別個の契約(口座振替依頼書の提出とその承諾)に基づいている。この点で、当座勘定規定が預金と手形・小切手の支払いの両者を一体として規定しているのと異なる。
3.2 支払委託と支払呈示期間
支払銀行による手形・小切手の支払いは前節で説明したように当座取引先と支払銀行の準委任契約(民656)と考えられるので、当座取引先はこの委託を任意に撤回することができる(民651 1)。一般に、当座取引先が提出する事故届*3は、この支払委託の取消しと考えられ、支払銀行は事故届にしたがって支払いを差止める。なお、小切手法では支払呈示期間経過前の支払委託の取消はその効力を生じない旨を定める(小32 1)。立法者は、小切手の流通性を確保するために、この規定を定めたのであろうが、支払銀行は、支払呈示期間内の事故届によっても、無条件で支払いを差止めている。支払呈示期間経過前の事故届提出にもかかわらず小切手法上の支払委託が存続するとしても、そもそも支払銀行は支払義務を負わず、悪意または重過失で無権利者に支払った責任を負わされる危険もあるので、この実務も不当ではない。
一方、支払銀行が事故届を看過して支払った場合は、手形・小切手所持人に対する関係で支払いは有効で、手形債権・小切手債権は消滅する(東京地判平成9.10.21金判1041.35)。たとえ事故届により支払銀行の支払権限が消滅していても、手形の場合は振出人・引受人の表見代理人による支払いであり(民112)、小切手の場合は呈示期間内は有効な支払委託に基づく支払人による支払い(小32 1参照)、呈示期間経過後は表見代理の類推適用により、いずれにしても手形・小切手所持人には有効に支払い得ると考えられる。無権利者への支払いは手40 3を準用することになる。
呈示期間経過後の支払いについても問題となる。当座勘定規定では、手形に関しては呈示期間内の支払い呈示に限り支払う旨を定めるが、小切手については呈示期間経過後も支払う(当座勘定規定7 1)。一方、手形法・小切手法は、小切手が支払呈示期間後も支払人(支払銀行)が支払い得る旨を定めるほか(小32 2)、手形に関しては規定がない*4。現実にも、当座勘定規定どおりに運用され、呈示期間経過後の小切手は支払委託の取消しがない限り、時効期間経過後でも支払われる反面*5、呈示期間経過後の手形は「呈示期間経過後」の0号不渡事由で不渡返還される。
なお、当座勘定の解約も、支払委託を消滅させると考えられる。当座勘定の解約後に呈示期間経過後の手形・小切手が呈示されたとき、手形の場合は、前述のようにすべて「呈示期間経過後」として決済されないので問題にならないが、小切手の場合は、呈示期間経過後も現実には支払われているので、不渡事由の選択に疑義が生じることがある。「取引なし」の1号不渡事由で不渡返還すべきでなく、「呈示期間経過後かつ支払委託の取消」の0号不渡事由で不渡返還すべきである(当然ながら、呈示期間内の手形・小切手は「取引なし」の1号不渡事由)。
支払呈示期間と支払委託
| 支払委託あり | 支払委託消滅(事故届) | 支払委託消滅(当座勘定の解約) |
手形・小切手(呈示期間内) | 決済または「資金不足」 | 取引先の申出による不渡事由(「残高不足」との競合もある) | 「取引なし」 |
手形(呈示期間経過後) | 「呈示期間経過後」 | 同左 | 同左 |
小切手(呈示期間経過後) | 決済または「資金不足」 | 「呈示期間経過後かつ支払委託の取消」 | 同左 |
3* 自己宛小切手の事故届はこれとは異なり、振出依頼人の事故が発生した旨の単なる届けにすぎず、振出人(支払銀行)は、事故届にかかわらず自己宛小切手の支払義務を負うことに異論はない。
4* 一般には手形の支払呈示期間経過後は第三者方払いの記述は失効し、手形は債務者方で支払われるべきとされるが、これは論理的に得られた結論というより、銀行実務を追認した結果である。
5* 小切手債権の消滅時効(振出人に対する遡求権で6月)を勘案して、おおむねこの期間を経過した小切手が呈示された場合は、当座取引先の意思を確認する実務をとる銀行が多い。当座取引先が決済を拒むときは、事故届を徴求して「呈示期間経過後かつ支払委託の取消」の0号不渡事由で不渡返還する。
3.3 異議申立て
手形交換所に対して異議申立てをなし得るのは支払銀行のみであるが、これは前章で説明したように、当座取引先などの委託によって行われることが通常であり、異議申立ての委託者と支払銀行の関係は委任である。
支払銀行は、この委託を拒み得ないと考えられている。当座勘定規定などの解釈からは、支払銀行に、異議申立ての申込みに対する承諾義務を課することは無理と思われる。しかし、不渡処分は、被処分者を銀行取引から排除するという強力な処分で、不当な運用には、脅迫罪の成立も考えられる(現実に訴訟で争われることもある)。形式的事由による不渡届とそれに対する異議申立てによる適正な運用によって、その適法性を確保していると考えると、異議申立ての申込みの拒絶は、不渡届によって不当に権利を害された手形・小切手の振出・引受名義人に対する不法行為と構成できるであろう。すなわち、不渡処分は、被処分者の信用に大きな影響を与える信用毀損行為であるが、手形交換の信用を維持するという目的のために、これを正当化し得るに過ぎない。手形交換所規則に従って不渡届を提出するという先行行為は正当と評価され得るとしても、氏名を冒用された結果、不当な不渡処分を受けるに至る者の事後的な救済を拒むことは、支払銀行の被処分者に対する不法行為を構成すると考えるべきであろう。この論理によったとき、支払銀行は、名義を冒用された者など、当座取引先でない振出名義人からの異議申立ての申出にも、これに応じる義務があると考えられる(判例は見あたらない)。
3.4 異議申立預託金
異議申立預託金は、支払銀行から手形交換所に差し出される異議申立提供金の資金とされるもので、異議申立てを委託した手形・小切手の支払義務者から徴収される。支払銀行が行う異議申立てを、支払義務者から受任した委任事務と考えると、異議申立預託金は委任事務の費用の前払い(民649)とする立場もあり得る。差押え(仮差押え)では、「異議申立預託金返還請求権」を差押え(仮差押え)債権とする。しかし、異議申立預託金返還の履行場所は、支払銀行の営業店とされていることなどを説明するためには、無利息・不確定期限の消費寄託と考える方がわかりやすいと思われる。異議申立預託金を受け入れた支払銀行では、別段預金として「異議申立預託金預り証」と題する預り証を発行する。その文言は次のようなものである。
異議申立預託金預り証の文言
(表面)
下記不渡に関し、(手形交換所名)手形交換所規則に定める異議申立手続の依頼をうけ、上記金額をお預りしました。このお預り金は、交換所規則の定める事由(裏面注)が生じ、当行が手形交換所から異議申立提供金の返還をうけた後でなければお返ししません。
なお、お預り金には利息をつけません。
お預り金の返還請求権を第三者に譲渡または質入することは堅く禁じます。
(裏面)
(細則67 1と同じ)
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異議申立預託金は、支払銀行が手形交換所から異議申立提供金の返還を受けたときに、その返還の弁済期が到来し、異議申立てを委託した支払義務者に返還される。
判例では、異議申立提供金の性質として、「不払いに正当な抗弁事由があることの疎明」としている。その資金である異議申立預託金についても、不渡となった手形・小切手の所持人に優先権が認められるものではないとされている(最判昭和45年6月18日民集24.6.527、百選95)。不渡事由によっては、異議申立預託金の提出が確実に予想されるので、その返還請求権の差押(仮差押)は頻繁に用いられるが、差押(仮差押)以前に取得した債権を自働債権とする支払銀行からの相殺に対抗できない*6。実際には、支払銀行の貸金債権に優先されてしまうことが多いであろう。
もっとも、この判例の態度には、異論が多い。異議申立預託金が支払銀行への債務の弁済に優先的に充当されるのは、不渡が資金不足を原因としないことを示すための疎明方法であるとする異議申立提供金の性格に反し、支払銀行がこのような相殺を予期して異議申立預託金を積ませるとすれば、取引停止処分を担保徴求の手段としているなどと批判される。
6* 相殺に関しては、判例はいわゆる無制限説をとるので、貸金債権が手形交換以前に成立し、その期限の利益が喪失されられる限り、銀行は不渡返還時限までの任意の時点で相殺することができ、差押債権者にも対抗できる。
4. 不渡処分の対策
この章では、不渡処分の回避やその取消(69など)、解除(70)の具体的な手順を手形交換所規則に従って考察する。
4.1 法的倒産手続きと保全処分
銀行取引停止処分のみならず、不渡報告への掲載も、信用状態の悪化を知らせる結果となり、営業の継続のために重大な障害となる。また、破産を予定する場合も、破産宣告前の取付け騒ぎの混乱を避けるため、不渡報告への掲載を回避したいことがある。
これらの場合、手形・小切手の所持人の協力が得られるなら、そのジャンプまたは依頼返却*1による方法が一般的である。協力が得られないときは、民事再生開始決定などの弁済禁止効のある法的倒産手続きの開始決定、若しくは、法的倒産手続きを前提とした弁済禁止の仮処分などの保全処分による方法を考えざるを得ない。なお、民事保全法に基づいて、手形・小切手の占有者に対して発せられるいわゆる「支払禁止の仮処分」は、この法的倒産手続きを前提にしたものではなく、その効果が異なるので、次節で別に説明する。
この場合、注意しなければならないことは、これらの開始決定や保全処分の取得時期である。1章で説明したように、交換日の営業時限(午後3時)を少し過ぎた時刻には、その不渡付箋や不渡宣言が作成され、不渡返還される手形・小切手は翌日の手形交換のために持出しの準備が行われる。この時刻(銀行によって異なるがおおむね午後4時)以降は、不渡事由を、たとえば「資金不足」から「弁済禁止の仮処分」に変更することは事実上不可能である。弁済禁止の裁判の取得は、できれば不渡発生日(交換日)の前日以前が望ましい。そして、受領した裁判書の正本は、ただちにファックス等で支払銀行に送付すべきである*2 *3。
依頼返却の場合も、交換日の営業時限を少し過ぎた時刻までしか、支払銀行は応じない。また、一時的な資金ショートのときは、支払銀行に過振り(当座勘定規定11)などを依頼してみることもできるが、倒産が問題になる信用状態のときは、支払銀行が応じないであろうし、いずれにしても限られた時間内の交渉となる。
また、細則77条所定の0号不渡事由に該当するものがあれば、ただちに支払銀行に通知しておくべきである。たとえば、株式会社や有限会社の解散は、「清算手続による弁済禁止」に該当する。これによって、不渡届が回避されることがある(ただし、解散した場合は、当座取引の維持はできない)。その他、小切手の場合は、事故届の提出(支払委託の取消)により、不渡処分が回避できることもある。呈示期間経過後の小切手も、通常はそのまま決済されるが(小32 2参照)、事故届の提出により、「呈示期間経過後かつ支払委託の取消」の0号不渡事由で不渡返還されることになる。もっとも、事故届の提出は、交換日当日に銀行から残高不足の連絡を受けてからでも間に合う。
一方、破産を予定している場合は、これらと少し異なり、不渡処分そのものに実害はなく、不渡発生が債権者に知れて混乱することを回避すれば足りる。破産宣告(または破産前の保全処分)は、不渡発生日(交換日)の翌日でもよい(最も早く不渡を知るのは、手形・小切手の取立依頼人であるが、それも交換日の翌日である)。銀行にも破産宣告(または保全処分の発令)をただちに知らせなければならないが、これは預金の流出防止が目的である。管財人または管財人予定者との連絡が必要なことは言うまでもない。
1* 手形のジャンプ(期日を延長した手形との差し替え)は、権利者の側から問題が大きい。遡求権を失うほか、支払義務者が破産に至った場合などは、否認の危険もある。一方、依頼返却は、交換所規則では「別途支払済みその他真にやむをえない理由」に限っていて(細則64)、不渡防止のための利用を「濫用」とする論者も多いが、判例では、「呈示および支払拒絶の効力は失われない」として、遡求権を認めている。手形権利者の側に法律上の不利益はまったくないことを強調して交渉する価値はある。
2* 弁済禁止の仮処分は、破産や民事再生などを申し立てた債務者に対して発令される(破155など)。手形・小切手の支払担当者にである銀行に送達されるものではないから、債務者から銀行にその発令を知らせる必要がある。また、手形・小切手の所持人にも取立禁止を命じるものではない。悪意の債権者に対する弁済が無効となるに過ぎない。
たとえば、民事再生の場合の保全命令の主文は次のようなものである。
- 再生債務者は,次の行為をしてはならない。
年月日までの原因に基づいて生じた債務(ただし,租税その他国税徴収法の例により徴収される債務,再生債務者とその従業員等との雇用関係により生じた債務,水道光熱費,通信に係る債務,再生債務者の備品等のリース料及び金10万円以下の債務を除く。)の弁済及び担保の提供
- 再生債務者は,年月日以降毎月末日締切りにより,再生債務者の業務及び財産の管理状況についての報告書をその翌月10日までに当裁判所及び監督委員に提出しなければならない。
3* 交換日に効力を生じる弁済禁止効のある裁判を取得しながら、その送達受領が遅れ、あるいは支払銀行への通知を失念した場合、一応は、銀行の取扱錯誤による取消(68)を交渉してみるべきである。交換日の翌々日営業時限内なら、不渡報告への掲載は回避できる(64 (3)、65 (3))。ただし、支払銀行は取消に応じないこともある。
4.2 支払禁止の仮処分など
法的倒産手続きを前提にした保全処分が、破産法や民事再生法などの倒産処理法を根拠にして、債務者の財産保全のために発せられるのと異なり、いわゆる「支払禁止の仮処分」は、民事保全法を根拠にして、詐欺や原因関係の不存在等の理由によって、手形・小切手の振出人がその占有者に対して有する手形返還請求権などを保全するため、特定の手形もしくは小切手の支払いを差止める趣旨の仮処分*4である。手形・小切手の占有者を債務者として手形・小切手の取立てや裏書譲渡などを禁じ、支払銀行を第三債務者としてその支払を禁じる。この仮処分は支払銀行にも送達される。執行官に手形保管を命じることもある。
この種の仮処分は、その発令の条件として高額の担保を求められることが多く、以前はあまり利用されていなかった。実際、手形金額に近い担保を要するなら、事故届で支払委託を取消して、呈示された手形に対しては、不渡届に対する異議申立てで対応した方が現実的であろう。下で説明するように、仮処分の実効にも疑問があり、場合によっては、仮処分の担保を提供して仮処分を取得しても、現実に支払呈示されれば、不渡異議申立預託金を提出せざるを得ない事態になることもあり得る。
しかし、最近では、貸金業者、特に商工ローン業者が仮処分債務者(手形所持人)である場合に、この種の仮処分が、手形金額の30%程度以下の担保で、しかも、これを審尋しないで発令される例が多くなっている。仮処分取得の難易は本稿の対象外であるが、利息制限法による引き直しの結果、過払いの蓋然性が高いケースでは、担保なしで発令されることもある。一般的には、過払いの場合は手形金の0〜30%程度、残金がある場合は利息制限法による引き直し後の残金程度の担保を求められると言われている。
この支払禁止の仮処分が発令されたときも、手形交換所規則では、不渡届を要しない0号不渡事由とする旨が定められている。ただし、0号不渡事由となるのは、「手形面の最終権利者が仮処分決定中における債務者または裁判所執行官である場合」に限られ、それ以外の第三者からの支払呈示に対しては、第1号不渡事由または第2号不渡事由として不渡届が提出されることになるから注意を要する(細則77 1 (1) B)*5。
この条件があるため、持参人払小切手については、所持人(取立依頼人)が裏書していない限り、0号不渡事由とされないであろう。仮処分債務者が取立委任裏書きをしたときも仮処分債務者による取立てと考えてよいが、隠れた取立委任裏書による場合は、仮処分債務者以外の者からの支払呈示として処理するほかないであろう。もっとも、持参人払小切手の場合も、隠れた取立委任裏書の場合も、仮処分が奏効していることには異論がないが、短時間で不渡理由を判断せざるを得ない支払銀行としては、この処理もやむを得ないと思われる。
なお、仮処分決定の送達前に仮処分債務者が手形・小切手を譲渡しているときは、仮処分は奏効しない。しかし、一部の商工ローン業者では、支払禁止の仮処分があった場合には、自主的に割引いた手形を銀行から買い戻すこともある。
支払禁止の仮処分と同様の目的で、民事調停法による調停前の措置命令(民事調停法12)なども、担保なしで発令されるので、利用されることがある。過料の制裁があるものの執行力はないが(同12 2)、商工ローン業者などは従うことが多いので、支払呈示を阻止するためには利用価値が高い。ただし、この種の執行力のない措置は、不渡事由の決定にあたって顧慮されることはない(これだけで0号不渡事由とはされない)。
4* 「手形取立禁止の仮処分」などと呼称は一定しないが、ここでは、手形交換所規則(細則77 1 (1) B)にしたがって、「支払禁止の仮処分」とする。主文は、たとえば次のようなものになる。
- 債務者は、別紙約束手形目録記載の手形につき、手形金を取り立て、又は裏書譲渡その他一切の処分をしてはならない。
- 債務者は、別紙小切手目録記載の小切手を支払場所に呈示して権利を行使し、または裏書譲渡その他一切の処分をしてはならない。
- 第三債務者は、別紙目録記載の手形及び小切手に基づき債務者に対して支払いをしてはならない。
5* この種の仮処分は、債権者・債務者・第三債務者間にのみ効力が及ぶので、仮処分債務者(またはこれと同視できる者)からの支払呈示のみ、0号不渡事由とするのは当然という考え方もあろうが、破産宣告前の保全処分などが、基本的には破産を予定する債務者に対して発せられるだけであるにもかかわらず、すべての者からの支払呈示を0号不渡事由としていることと均衡を失するように感じられる。法的倒産処理手続きの開始決定が対世効を有するとしても、それを前提とする保全処分は、公告などについても開始決定とは扱いが異なるので、これと同列に考えることはできないであろう。
思うに、手形交換所規則の態度は、「支払銀行として適法に支払い得ない場合」を0号不渡事由とし、「支払銀行として適法に支払い得るが、当座取引先に生じた事由で支払わない場合」を第1号不渡事由または第2号不渡事由としていると説明すべきであろうか。
4.3 異議申立てに関する問題
第2号不渡届に対しては、前章で説明したように、不渡処分を回避するため異議申立てができるが、これを行なうか否かは、異議申立預託金との関係で重要な問題となる。現実には、何らかの紛争のため、あるいは所持人からの依頼によって、事故届を提出した後、手形・小切手が支払い呈示されたときに、異議申立て(実際には支払銀行に異議申立てを委託するか否か)の決断に迫られることが多い。
資金繰りに余裕があるときは、手形・小切手の支払を拒み得るときは、事故届を提出し、支払呈示されれば、異議申立預託金を提出して異議申立てを委託することになろう。この場合も、所持人との関係で人的抗弁が切断され、あるいは所持人に善意取得が成立しているときは、遅延損害金を免れない。
ほかに問題となるのは、手形・小切手の受取人ないし所持人から、紛失等の申出があり、事故届の提出を依頼された場合である。支払銀行は当座取引先以外からの事故届を受け付けない。仮に受け付けたとしても、当座取引先による支払ないし支払事務の委託が撤回されるわけではないので、支払銀行としては、事故を知ったということで、事実上の注意義務が加重されるに過ぎない。手形・小切手を喪失した所持人としては、その振出人または引受人である当座取引先に事故届の提出を依頼することとなる。手形法では、支払呈示した者の無権利を容易に立証してその支払いを拒めるにもかかわらず支払った者は免責されない(手40 3、同77 1)*5。少数ながら、支払差止めを怠った者の責任を認める判例もあるので(最2小判昭和44.9.12判時572.69など)、当座取引先として、所持人から事故届提出の依頼を受けたときは、依頼書を徴求した上で、これに応じ、かつ、支払呈示があれば異議申立預託金を提出して異議申立てに応じるべきである。
支払銀行からの借入金があり、債務整理を考えているときは、複雑な問題となる。支払銀行に異議申立預託金を提出して異議申立てを委託しても、異議申立預託金は仮差押えの格好の標的となる。この種の仮差押えに直接の実害は小さいが、銀行からの借入金の関係では、仮差押えにより当然に期限の利益を喪失する(平成12年廃止の銀行取引約定書のひな型5)。銀行からの圧力により、仮差押債権者である手形・小切手所持人と仮差押えの取下げを交渉すれば、異議申立預託金の返還も受けられないまま、手形・小切手所持人に対し全部または一部の弁済を行わざるを得ないことになりかねず、手形金・小切手金を支払う以上に傷口を広げる。そして、たとえ支払義務の不存在が確定して異議申立提供金が返還されても(67 1 (6))、異議申立預託金を支払銀行が相殺したときは、結局、支払銀行の貸金を返済に充当されるだけで、手形・小切手の所持人には弁済できず、後述のように、不渡処分の対象となる。このような場合、むしろ、異議申立てをせずに、手形・小切手を支払うか不渡届を覚悟する方が現実的である。銀行による相殺が確実に予想される限り、異議申立ては原則として行ってはならない。
異議申立てが行われた場合、所持人としては、異議申立預託金返還請求権を仮差押えした上で、手形訴訟・小切手訴訟を提起して、その仮執行宣言付判決(または和解調書)を債務名義として、差押え・転付に至る経過となることが多い。もっとも、手形訴訟・小切手訴訟では、半年以内に債務名義が成立することが多い反面、異議申立提供金は不渡事故が解消されない限り原則として2年間返還されないので、実際には仮差押えの必要性は小さい*6。なお、持出銀行からの支払義務確定届ないし差押命令送達届の提出は、異議申立提供金の返還事由となり(67 1 (7))、それによって異議申立預託金返還の弁済期が到来する。差押債権者の取立時に異議申立預託金返還の弁済期を到来させる趣旨であるが、それ以前に成立した貸金債権を自働債権とする支払銀行による相殺に対抗できないことは前章で説明したとおりである。支払義務の確定にもかかわらず、2ヵ月(細則82の2 1)を経過しても現実の弁済を受けられないときは、持出銀行は不渡処分の請求を行なうことができ、この場合、不渡手形専門委員会の審議により不渡処分が行われる(67の2)。
5* 小切手に関する条文はない。支払義務を負わない小切手の支払人に手40 3の準用することは無理であるが、ただちに遡求される振出人の支払委託には類推適用すべきである(通説)。
6* もっとも、振出人・引受人の死亡のほか、不渡処分を前提とした異議申立ての取下げや取引停止処分で異議申立提供金は返還されるので、このような事態が予想される場合は、仮差押えのメリットはある。
4.4 取扱い銀行の過誤
手形交換所参加銀行の錯誤によって、不渡届が提出されたときは、参加銀行はその取消を請求する義務を負う(68)。規則の文面では、不渡報告および取引停止処分を取消す旨が定められているが、交換日の翌々営業日(不渡報告もしくは取引停止報告に掲載される前営業日)の営業時限までの取消に対しては、それぞれ不渡報告もしくは取引停止処分報告への掲載を行わない(64、65)とされているので、実際には不渡届の取消である。不渡報告もしくは取引停止処分報告への掲載後の取消の場合は、その旨が不渡報告もしくは取引停止処分報告に掲載される。ここで、支払銀行の錯誤としては、為替手形の引受人の預金口座を間違えて、他人の預金口座から決済しようとして資金不足で不渡返還した場合など、持出銀行の錯誤としては、振出日呈示の特約で取立てを受託した先日付小切手をただちに取立てた場合などが考えられる。
銀行の過誤が疑われる場合には、これらの手形交換所規則による処理だけでなく、訴訟で争われることがある。特に支払銀行の過誤は問題とされることが多い。過誤による不渡届の提出のほか、支払銀行が行う異議申立ては、これは、手形・小切手の振出人・引受人との委任契約によると考えられるので、その受任者としての過失も問題とされる。なお、判例でも、支払義務者が不当に処分を受けることがないように適切な措置をとる義務を支払銀行に認めていて、委任契約上の不履行責任が認められることも多い。
逆に、不当に不渡届を提出せず、あるいは、偽造・変造を不渡事由とした不渡届を提出して異議申立提供金を免れたことなどに対する、損害賠償が手形・小切手所持人から問題とされることもある。この場合は、手形・小切手の所持人とそれを不渡返還した支払銀行には契約関係がないので、もっぱら不法行為責任が追求される。しかし、判例では、この種の請求が認められることはほとんどない。手形・小切手の支払義務者が不渡処分を不当に免れたとしても、所持人に損害が認められることは通常は考えられず、また、異議申立預託金返還請求権に所持人の優先権を認めない判例・実務を前提にすれば、異議申立提供金を免れたことに対しても、所持人に損害が認められないであろう。
当座勘定規定ひな型
東京手形交換所規則施行細則77条(不渡事由等)
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