普通話あるいは現代共通語の成立で欠かすことのできない話題は、「
漢字読音の統一」である。 これは、方言ごとに全く違う漢字の読み方を統一しようという運動である。
元・明・清朝を通じて首都が北京に置かれたので、
北京音(当時の言葉で「
官音」とも呼ばれる)が政府公認の標準音の地位にあった。 標準音といっても、官吏の会話に使われていただけで、 現在のような全国の教育の標準とされることはなかった。 また、明清朝の官吏も北京語を使いこなしていたかどうかは疑問である。 あるいは、文言文を北京音で読み下すだけの人がいたかも知れない。
「漢字読音の統一」の必要性が主張されたのは、清末の白話運動より少し遅れる。 清朝が「学校教育を官話で」と通達(「学堂章程」)したのが、1903年。 20世紀になってからである。
辛亥革命後の1913年には、教育部の読音統一会で「
国音(統一読音)」が決定された。 北京音を基準にしながらも、濁声母(濁子音)を含めたり、入声字
*1に特別の声調を与えたため声調が 5個(現代の普通話は 4個)になるなど、 南方系諸方言に妥協した読音が決定された。 各種方言の音韻体系を混ぜ合わせた「ネイティブスピーカーのいない言語(没有人説的語言)」が標準語とされたわけである。 1918年、この国音による「国音字典」を出版、 教育現場でも使われた。
しかし、「国音」には異論が続出し、 1926年に至って、 北京音を標準音とするように改められた。 声調も現代の「普通話」と同じ 4種類になった。 1932年には、 この「新国音」を反映した「国音常用字彙」が出版された。
漢字読音の場合には、
語法の場合のような混乱は見られない。 政府主導で漢字の標準音を定めているからである。多くの場合、同時に表音表記した辞書も出版されている。現在の普通話は、「北京語音を標準音とする」と定められている。 そして、「現代漢語詞典」が現在のところ規範とされているらしい。
もちろん、「標準音」とされている北京音は、実際に北京で使われている発音である。 発音は時代とともに変化し個人差も大きい。 実際の北京の発音は、規範とされる辞書の発音と異なることが多い。 そのため、北京で現実に使われている発音(北京土話)と政府が追認して規範となる辞書に登載した発音(普通話の発音)との
2重構造*1が見られる。(このような問題は、 民国時代の「国音」のような人工的に定めた発音では起こり得ない。)
1*「A4. 補足 日本と中国の漢字音」の「
1.2. 入声の消滅」の項の説明を参照。
2*一般に「
儿化(捲舌音化)」や「
軽声」が北京音の特徴とされている。 実際の北京音では、 辞書に書かれているより広範囲の単語で儿化と軽声が見られる。 北京以外の地域の出身者が北京音を聞いて「この文字が軽声になるのは普通話ではない。」と主張するのを聞いたことがある。